Blog(6) 心理学(?):「よい人生」を歩むには?ハーバード幸せ研究
2025.10.17
幸せで、健康な、「よい人生」を歩むために、何が必要だと思いますか?
ハーバード成人発達研究所(Harvard Study of Adult Development)は、この問いに答えるため、大規模な追跡実験を現時点で85年行っていることで有名です。
とっても有名な研究なので、もしかしたら皆さんも、一度は目や耳にしたことがあるかもしれません。
こちらの研究所の所長であるRobert Waldinger(ロバート・ウォールディンガー)教授の「よい人生は歩むには?」(What Makes a Good Life?)と題された2015年のTEDトークは、TEDトーク史上歴代の再生回数ベスト10に選出され、ネットでの総再生回数は5000万再生を超えています。
この大規模調査研究は、1938年から追跡が始まり、現存する追跡研究の中で最も長い歴史をもったものとされています。
1938年当時、研究者たちは724名の男性たちの人生を追跡しはじめました。追跡対象者は二つのグループに分かれていました。
最初のグループは、ハーバード大学に在籍している大学二年生の学生たち。
次のグループは、ボストン近郊、貧困外に住み、生活環境の整備も十分に整っていない環境で育った若者たち。
どちらのグループに含まれる男性も、10代の若者たちでした。
生活環境の違うグループを追跡することで、幸せやウェルビーイングに重要な要素が何なのかを包括的に検証しようとしたのでしょうね。
この追跡が始まった当時、研究者たちは彼らや彼らの両親に直接インタビューを行い、参加者は健康診断を受け、調査はスタートしました。
調査開始以来、2年おきに、参加者たちは調査を続けるかどうか、フォローアップを受け取ります。参加を続ける場合、幸せやウェルビーイングに関する質問に答え、自宅でのインタビューに参加し、彼らの掛かりつけ医から病歴に関する情報を提出し、身体検査や脳画像のスキャンなどにも参加するそうです。参加者がパートナーと、自身の不安に関して話している様子をビデオで記録されます。
現在では、研究を始めた当初の男性たちの約2000人の子どもたちも調査に参加し、現時点でこの調査は85年続いているそうです。
違う時代に生まれた人たち。当初の参加者たちは、第二次世界大戦を経験します。生まれや育ちの違う、それぞれ全く違う人生の道を辿る参加者たち。彼らの人生から見えてくる、幸せの秘訣とはなんでしょう。
答えは非常にシンプル「家族、友達、コミュニティといった人との繋がりは、幸せで健康な人生を送り、長生きをする秘訣」というのが、Robert Waldinger氏の、TEDトークでの結論です。トークの中では、友達の多さといった数ではなく、現在の人間関係に満足しているかどうか、その質が重要であることが強調されています。つまりいい人間関係を築いている人は、孤独な状態にいる人よりも、幸福度が高く、健康で、長い人生を送り、脳機能も健康な状態を保つことができる。
さて、ここまで、大規模調査のTEDトークを見て、私なりに内容を要約してみました。ここからは私の感想・興味になります。
まず、こういったデータは本当に貴重です。追跡調査自体、莫大な労力とお金がかかります。追跡を続けるための施設、インタビュアー・参加者の確保、研究を続け、データを分析する研究者たち。その背景にあるリソースは計り知れません。一人の人間の人生スパンで追跡を、この人数規模で行える研究所や機関は他には思い当たりません。この先も、この大規模研究が続いてくれるといいなぁ、と心から思います。
この研究、その結果について、皆さんどう思いましたか?私がトークの内容をまとめたものを読んで、納得しましたか?何か疑問に思うことはありましたか?
私は疑問に思う、というかもう少し詳しく知りたい、と思うところが何点かありました。このトークでは「いい人生」「幸せ」「ウェルビーイング」など、いくつかのキーワードが繰り返し登場してきますが、具体的にどんな質問を参加者に聞いていたのか。「幸せ」や「ウェルビーイング」といった概念は、色んな側面・質問紙が存在します。まず、何をもって「良い人生」と謳っているのか、知りたいですね。
次に追跡の方法について、どんなインタビューだったんでしょう。誰が行ったんでしょう。インタビュー自体の内容や質、インタビュアーの情報についても、どのようにコントロールされているのか知りたいところです。また参加者のうち、何人がドロップアウトし、何人が調査の継続を望んだんでしょう。開始時点で724名参加者がいても、その人数が、たとえば30名に減っていれば、もちろん結果の汎用性にも影響します。データはどのように分析されていたんでしょう?こんなにたくさんの指標をとっている研究ですから、データ分析の構造も必然的に複雑、かつ膨大になります。何に焦点を当て、どんなコントロールをした分析をしているんでしょう?
などなどなど、、、私は論文を読んだり、研究の話しを聞いているときに、こんなことを考えています。論文のレビューをお願いされるときにも、こういった内容を気にしながら読んでいます。今回も気になったので、もとになっている論文・データについて調べてみました。
何も見つけられませんでした。
この調査に関する論文、データ、方法、引用。その多くが公には非公開になっているようです。これまでのデータベースは、大学病院に問い合わせ、問い合わせ元が研究者・研究機関であれば公開してくれるそうですが、一般公開はされていません。公開されている内容は、このTEDトークと、いくつかの書籍。そして、このTEDトークのまとめ記事。まとめ記事にも引用はついていません。
ともすると世界で最も有名な研究の一つ、このTEDトークの内容は文字通り世界中に拡散されています。ですが、私を含め、この研究がどういう風に行われて、どんなデータをもとに、彼らがこの結論を出しているか、説明できる人は何人いるでしょう。
まず言っておきたいのは、私はこの大規模調査データが存在しないとか、捏造されているとか、この研究者たちが結果に関して嘘をついているとか、そういうことを言っているわけではありません。それと、Robert Waldinger氏の書籍にも、私は目を通していないので、その中に方法やデータについて、より詳しく書いてあるかもしれません。
上記のことを念頭に置いたうえで、私自身がこの研究・研究結果についてどう思うかを問われたら、「十分な情報がないので、答えられません。」これが私の結論です。
現在ネットでは、医学知識、研究知識、ありとあらゆる知識に関するまとめ記事や動画が溢れています。情報が溢れる中、その情報がどこから出てきて、何が言えるのか。これは簡単に判断できることではありません。私もこれまで数々の実験をしてきましたが、「これが答えです。」と主張することは、研究をすればするほど難しいと痛感します。世の中に、絶対的確信と自信をもって主張できることは本当に少ないからです。
ハーバードの幸せ研究を通して、私が受け取り、再認識したメッセージは「情報リテラシー」についてでした。たとえ世界で最も再生されたビデオの一つであったとしても、その実態を確認することができなければ、この結果を強く信じ、主張することは、私にはできません。幸せ研究から、情報リテラシーについて再考させられる、そんな朝でした(笑)
さて、皆さんのテイクホームメッセージは、なんでしたか?